2003年の秋のこと。中日ドラゴンズの監督に落合博満が就任してから、中日ドラゴンズはセ・リーグの常勝球団になった。在任中の2011年まで一度もBクラスにならなかった。2007年には日本一になった。
その期間、僕は愛知県で小学校4年生から高校生3年生まで過ごしていた。応援するのはもちろん、中日ドラゴンズだった。
中日のベンチが呼んだ数多くの物議のうち、いくつかは僕も覚えている。
サプライズだった2004年の開幕投手、立浪のレギュラー降板、山井の日本シリーズでの完全試合直前での降板、荒木と井端のコンバート、そして退任まで。
あの8年間、落合博満の視点を追っていた記者がいるなんて思いもしなかった。そして、その視点で書かれた本がこんなにも面白いとは。
この本はただの野球の話といえばただの野球の話であり、リーダーのひとつのあり方の本でもあり、組織変革の話でもあり、記者の成長物語でもある。
落合博満は「非情」とよく非難されてきた。
その非情さは、この本を読む限り僕の想像以上だった。意図の説明されない采配や練習指示のオンパレード。聖域を許さず全員を競争に晒し、それは選手だけではなくコーチや球団スタッフ、若手選手も例外ではなかった。
本の中に明確な描写はほぼなかったが、途中でついていけなくなる人も当然のようにいただろう。
だが彼の采配と指示の先には、勝利という結果が返ってきた。それは成績が何よりも雄弁に物語っている。
この本のハイライトで、落合が筆者と二人きりの時に、当時不動のレギュラーと思われていた三塁手、立浪について語るシーンがある。
「俺が座っているところからはな、三遊間がよく見えるんだよ」
落合は意味ありげに言った。(中略)
「これまで抜けなかった打球がな、年々そこを抜けていくようになってきたんだ」
どこか謎かけのような響きがあった。私は一瞬考えてから、その言葉の意味を理解した。背筋にゾクっとするものが走った。
落合は立浪のことを言っているのだ。
ベンチから定点観測するなかで、三塁手としての立浪の守備範囲がじわじわと狭まっているのを見抜いていたのだ。だから森野にノックを打った……。
このあと結果として、立浪はレギュラーの座を降りることになった。
誰も気づかなかった立浪の守備の穴に気づき、それを埋めるために別の若手選手と競わせた。勝利のために。
このシーンを読んで、何よりも自分の甘さを思い知った。
おかしなことは目の前にいつでも起こっている。それを見て見ぬふりをして過ごしたことが何度あっただろう。
自分に対しても、他人に対しても。
自分が気づいている以上は、それは正さないといけない。
正すことは大変だ。時間もかかるし、面倒くさいこともいっぱいある。だが、正しいことを実現するには、たとえ嫌われようが批判されようが、自分の道を突き進まないといけない。
自分こそが正しいのだと証明するまで。
それが気づいた人間として、そして結果を出さないといけない人間の責任であり、やらなければならないことなのだ。それを見逃すのは、むしろ自身の職務放棄になる。
何よりも契約を重んじ、勝ちにこだわり、最後までプロフェッショナルであった8年間をが1冊の本に凝縮されている。
あまりにも濃密で鮮烈な1冊だ。
凄まじく面白かった。おそらく、僕がいままで人生で読んだ本の中で一番面白かった。