最近、こんな記事を書いた。読んでね。ていうかニュースレター購読してね。ぜひ。
まあ、こんなことを言っても購読しないのはわかっている。日本にはあまりメールで記事を読むという文化がない。だからメールで届いても嬉しいという人は少数派だろう。
わかっている。
わかっているけど、数が絶対に集まらないとわかっている環境で敢えてやっているところがある。
金儲けではないし。
さて、先に書いた記事にも少し書いたように最近は投稿する場所を色々と制限している。
これから矛盾することを言うけど、僕はSNSになるべく投稿しないようにしている一方で、XやFacebook、LinkedInなどで僕は自分の書いた記事をシェアしている。
それは、書いたよというお知らせでもあるし、そこから知り合いが何人か読んでくれたら嬉しいことである。
実際、LinkedIn経由で僕の記事を読んでGTDを知ったという人がいた。それは大変ありがたいことだ。別に1円も儲からなくても、こういうことが嬉しいのである。
しかし、上記のようにこうしたいわゆるSNSに類するものに記事を投稿するのは、僕の注意資源を奪う。だからなるべく投稿しないようにしている。
僕も実は現実はわかっていて、コンテンツのシェアだけをXやLinkedInなどの媒体でするより、普段からX用のコンテンツ、LinkedIn用のコンテンツを投稿しているほうが自分のシェアの効果もあがる。
そんなことはわかっているのだが、それは僕の人生の方向性に違うわけである。
別にSNS断ちとかをするつもりは(今は)ない。とはいえ、そこで話題になっていることに関してあれこれ投稿するのも別に好きではない。
最近のXでは、自分がウェディングフォトで選んだドレスをセクシー女優の方が着ていてショックという投稿が話題になっていたことも知っている。
- 写真の被写体となる個人の自己決定の話
- 主観的な職業差別の話
- 構造的な職業差別の話
- セックスワーカーは是か否かという主観的な意見の対立
などとが多層的な話になり、そもそも誰も自分たちが何の話をしているのか自覚的ではない状況になっていることを知っている。Xになる前のTwitterの時代から何度も見てきた光景だ。ていうか見飽きている。みんな飽きないのかなと僕は不思議に思っている。
一応解説すると、1, 2, 3どれも全然違う話だ。元投稿の内容からすれば、2とか3の議論はそもそも存在していない。存在しない敵を勝手に作り出して、存在しない炎上を存在するように見せかけている。
とここまで分析しておいてなんだが、この分析にはまったく意味がない。
これがこの問題に対する僕のリアクションだが、そもそもこのリアクション自体が注意資源の無駄遣いである。無意味。一切この問題に僕のリソースを割く価値がない。
それでもわざわざここに何段落かにわたって書いたのは、このようなリソースの無駄遣いがSNSで大量に行われていることを表現したかったからだ。
このような無駄遣いを避けるために、僕は流行りの話題には基本触れないようにしている。そしてその結果、アルゴリズムに投稿は選ばれず、記事のシェアをしてもリンクのクリック数は伸びず、という状況になっている。
インターネットにコンテンツを出してお金を稼いでいる人は大変だなーとシンプルに思う。人の注意を引くために、自分の注意を切り売りしなきゃいけないという構造だ。
正直、もし僕が金儲けのためにやっていたらやってられねぇなこの状況と思う。
たまに記事のシェアを効果的にするためにLinkedInとかでビジネス情報的なのをつぶやいてもいいなとか実は頭の中に浮かんだりはする。
でも結局、やろうとは思わない。
いまの状況をどうすればいいのかはよくわからない。でも、僕が注意を向ける先はたぶんそこじゃない気がしている。
その道の先には、たぶん構造に巻き取られ、引き返せない道しかない。しかもたぶん、たどり着くのは行き止まり。
そんなわけで、結局僕は記事のシェア以外の投稿をほとんどしなくなっている。
そしてそのせいで、無風地帯にただリンクを貼ることになる。
それはそれで、あまり人に読まれなくていいかもしれない。あまり読まれないからこそ、安心して記事を投げられている側面もある。
今日も今日とて、好きなようにやっていく。本業でそこそこ金を稼げているからこその余暇である。