Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

Fate/stay night をやっている

やっている。

www.fate-sn.jp

自分の身を守るために、家にこもっている。活字中毒者には面白くてひたすら長い文章がそこにあれば1日家にいることなんて簡単だ。良くも悪くも、プログラミングを何時間もやるよりは簡単である。

いわゆるセイバールート、凛ルートをクリアした。ひたすら頭を使わないで読んでいるだけだ。それでも猛烈に時間がかかる。ただ自動早送りにしているだけでもめちゃくちゃ時間がかかるだろう。

深夜までやっていたら肌に悪いが、やめられない。いつでもやめられるはずなのだが、やめるタイミングが全然つかめない。全然終わらないからだ。キリがいいところ、というのがなかなかない。なるほど名作として語り継がれ、アニメにされるわけである。

なんか謎のコレクション欲が湧いてきて、PC版も買ってしまった。同じ話だが、差分があるんで覚悟ができた上でプレイしようか。

などと考えている。

Qiita退会した

何があったのかは誰かがまとめているだろうから僕がもう一度書くことはない。知らなかったら、2020年3月25日から26日にかけてQiitaに何があったのか自分で調べて欲しい。

とても残念だが、退会せざるを得ないと思った。少なくとも僕は技術記事が集まるプラットフォーム、あるいはSNS、あるいはコミュニティとしてのQiitaには魅力を感じていた。だからとても残念だ。

自分のプライバシーは自分で守るべきものであり、自分の価値判断でYesやNoを突きつけるものだと思っている。僕にとって、今回のQiitaの施策は100% Noだった。ただ同時に、僕にとってNoとなるその判断をしたのはQiitaであった、ということがどうしようもなく残念でならない。1日我慢すればたぶんその機能が一時的にオフにはなるだろうとも思ったけど、僕にはこのプラットフォームにとどまる理由はもうないと思った。

残念だ。本当に。

正直に言って、自分は東京都民であり今目下の話題はCOVID-19に関してのものだ。だから、ぶっちゃけ自分の命にも、ソフトウェアエンジニアとしての生活にもほとんどプラスの影響のない1つのWebサービスを退会することになんの躊躇もなかった。当然だろう。こんなことに煩わされている時間があまりにもったいない。

でもこうして記事を書いているのは、少しだけ、残念だと思う気持ちがあるからだ。正直なことを言うと、僕はQiitaには思い入れはない。ただ自分がプログラミング初心者であったときに、真っ先に覚えた技術情報共有サイトはQiitaだった。今となってはこそ、あまり頻繁に記事を探すことはしなくなったが、いろんな人が残したメモをヒントにして様々な学びを得た。思い出とまでは言わないが、自分がプロのプログラマになるためになくてはならないサイトだったと思っている。

なのに、こんな形で自分が引導を渡さなければならないことになったのは、本当に残念でならない。別に愛しても恋しても居なかったが、僕は理由がない限りQiitaに味方をするつもりだった。

裏切られた、という言い分は随分勝手かもしれない。だけど、僕にはQiitaに味方をしない理由ができてしまった。

こんなことを書くほどには、僕はQiitaのことが好きだ。少なくとも期待していたし魅力を感じていた。でももう、これ以上関わることはない。




事務連絡だが、わたしは一応技術ブログを持っている。

tech.515hikaru.net

以後、技術記事はこちらにのみ書こうと思う。一応、Qiitaに投稿した記事はバックアップをとった*1ので、こちらに順次掲載していくつもりだ。

ただ、わたし自身、最近技術記事を書くこと自体に違和感を覚えている。

medium.com

だからこれ以上追加でアウトプットしたい、と思うこともあまりないだろう。更新はひどく低頻度になると思う。




残念だ。残念だが、それ以外に言いたいこともない。それ以外のことを言うほど、僕もお人好しではない。

*1:たった10記事である。思いの外活動していなかった。

絶不調

絶不調だ。なにが、全てが。なにもかもについて頭が鈍っている。手も動かない。意欲が失われている。冷静さを欠いている。注意力散漫だ。とにかく何も頭が働かない。

何が良くないのかよくわからない。突然にこうなってしまった。この1週間くらいで腑抜けになった。ここまでのこの短文を書くのに30分を要している。

仕事にもよく取り組めていないし、OSS活動みたいな自己研鑽もからっきし。酒を飲んで、なんかゲームして。

もしかしてだけど、むしろ今までが気を張っていたのかもしれない。本を読んだり、ニュース読んだり、いろいろ意識高いことをしていた。それが限界がきて、疲れちゃったのかもしれない。だからこの不調は必然で、いつか回復する、かもしれないね。

とにかく調子が悪い。いつも眠いし、いつも疲れているし、いつも目の焦点があっていない感じがする。特に昨日なんか酔っ払って怪文書書いて疲れた。

寝て起きたら仕事だし、後少し気合というか、ちゃんとしなきゃいけないんだけど、どうしようもなく遠い先のことを考える気になれなくて。そっか、考えることはいっぱいあるんだよね。なんにも考えていないんだけど。

オリンピックが延期になるような情勢だけど、僕はなんかその危機感も何もなくて、ただただ自分が堕落というか、平常運転もできていないという感覚だけがある。

いつかの、恋の話。

この記事は Medium に投稿した内容の再掲です。本当は canonical_url が指定できないからはてなブログに投稿してから Medium に転載するべきだったんだけど、そんなことを考える余裕もなく投稿してしまった。余裕がないのはよくない。

初出はこちら。

medium.com

あくまで記録用にこのブログに投稿するだけです。

以下、本文




具体的なことは書かない。昔、ある人を好きになった。自分は浮かれていた。よく覚えている。散々浮かれていた。

だけど告白したときに、思いもよらぬ返事がきた:「わたし、結婚してるの」

そこから、僕の迷走が始まった。




結婚している人を好きになった、まぁそれだけの話である。念の為先に書いておくと、別にやましいことは何もない。強いて言うなら1度くらい手を繋いだくらいのかわいいものだ。それくらいは大目に見て欲しい。

僕は彼女に囚われていた。結婚指輪もつけていなかったし、彼女は「あなたを好いている」と伝えた僕にさえも平然と接していた。内心がどうであったかは僕は知る由もない。 最初のほうこそ混乱した僕も、いつしか彼女とさらに頻繁に話すようになっていた。大学へ向かうまでの乗り換え駅、そこにあるスターバックス。暗黙の了解、だいたいこの時間帯にこの席に彼女は居た。僕はそこに"通って"いた。

なんでそんなことをしたのか、自分でもよくわからない。終わった今となればどう考えたって自分は近づくべきではなかった。だけど、告白する前よりもさらに僕は彼女に溺れていった。 その日々は楽しかった。心の底からそう思う。僕は平日の朝が楽しみでならなかった。彼女と話せるからだ。彼女とはなんでもない話をたくさんした。おいしいお菓子をもらった。おいしいコーヒーを飲んだ。たまに休日にふたりで出かけた。

でもそれだけだ。どこまで行っても、それだけだった。僕にできることは、それでいいのだと諦めるか、その幸せを手放すかの二択だった。




ある日、水族館に行った帰りに、僕は思った。「このままではいけない」と。悩んで、悩んで、でもどうしても問題を先送りにするかここで断ち切るかしかなくて。

僕は、問題を先送りにするのをやめ、彼女とのこの関係をやめることにした。それを決意したとき、僕は初めてウイスキーを飲んだ。バーという場所にいって初めて行って、飲み方はと聞かれて「アイスロックで」とかっこつけて言ったのを覚えている。アイスロックなんて言葉はないって気づくのはそこからしばらくあとのことになる。

いつだったか。僕は彼女にもう一度『好きです」と言った。何度言おうと彼女の返事はNoだった。知っていた。知っていたけど、寂しかった。




別れの日がやってきた。

彼女に「たぶん、もう来ないです」と言った。いつもの喫茶店、いつもの席。

僕だけが独りで店を出た。彼女にとっては、なんてことのないことだったのかもしれない。だけど僕は店を出た瞬間、涙が止まらなくなった。

僕は大学にいけなくなった。遊びにも出られなくなった。彼女と歩いた道を、彼女と行った場所を、何をしていても思い出してしまう。講義を受けていてもひとりでに涙が溢れる男に、居場所なんてなかった。

リストラされたサラリーマンのように、平日の真昼間に居るべき場所でない場所に、場に似合わない荷物だけもって僕は毎日外出していた。毎日泣いていた。地獄だった。誰も泣いている僕になんて気づかないことだけが救いだった。

でもその時はまだ、それが終われば、自分が泣き止めば、また以前のような自分が帰ってくるのだと信じていた。数学に熱中する自分とか、ただリア充に嫉妬できる自分とか、恋を知らない自分に戻れると思っていた。だから、僕は僕を殺そうとした。僕を殺すために僕は泣き続けた。

あれから何年も経つ。僕の日常は戻らなかった。この表現は決して"正しく"ないと思うけれど、敢えて書く。僕は、自分が人生で初めて、心の底から欲しいと願ったものを手に入れられなかった。その瞬間、全てがどうでもよくなってしまったのだ。僕はあのとき熱中していた数学をやめた。数学より大事なものを知ってしまったからだ。僕は大学院を休学するときに長い文章を書いた。だけどそれは嘘だ。僕が数学をやめることなんて、もっと前から決まっていたのだ。

blog.515hikaru.net




いまこれを書きながらも、僕は泣いている。いつもそうだ、涙なしで思い出すことができない。身体が震え、心臓がバクバクいって、思い出すなと身体が訴えてくる。思い出すのをやめれば、この文章を書くのをやめれば僕は楽になれる。いつもそうして、楽な方へ逃げてきた。だからこんなことを書くのに何年もかかった。

こんなことなんて経験したくなかった。僕はただ、普通に生きたいだけだった。もう5年以上経つ。時間が解決してくれるって安易に人は言うが、時間が解決できないことだって少しはあるのだと知った。僕はいまだにあのときの出来事に囚われている。

どうしようもなく、僕は恋をしていた。それが叶わなかっただけ、よくある話。ただ無為にひとつの出来事を引きずって、何もできない自分を正当化しているだけ。 何度そう結論づけても、僕の心は晴れなかった。




ひょうひょうとした受け答えしていた彼女、読書が好きだというけど一貫性はなかった彼女、車の運転がとても荒かった彼女、古典が好きという彼女に合わせてアンナ・カレーニナを読んでみたら「あんな長いのよく読めるね」と言われたこと、興味ないけど村上春樹の話をされたので短編を読んでみたこと、いろんなことを思い出せる。 何度だって言おう。僕は彼女が好きだった。何年も前の話だけど、僕は彼女のことしか考えられなかった。

でも僕は変わらなければいけなかった。彼女を好きで居てはいけなかった。だって、その恋は叶うものではないから、その先にあるものは絶望とか地獄とか、そういう名のつくものだから。だから僕は自分を殺した。自分を変えなくてはならなかった。

でも何年経っても、僕は変わらなかった。どれだけ泣いても、どれだけ時間が経っても、僕は変わらなかった。それが、今の僕だ。




幸せになりたい。僕はいまそう思っている。だけど同時に、幸せになんてなれないとも思っている。

だって。

いや、これ以上醜い自分を表すのはやめておこう。

何が言いたかったんだろう、何が書きたかったんだろう、もうわからない。手が震えている、身体が震えている。

この文章を書いたのは、少しでも楽になりたかった。自分の中にしかないものを、どれだけ汚い汚泥でも吐き出して、楽になりたかった。ただ、それだけ。

ただ、それだけ。

2020-03-23

何気ない毎日

昼食をとろうと歩いていると、桜が咲いているのが目についた。そうかもう春か、今日は寒いけど、と思う。

髪を切りに美容室に行った。帰り道になにげなく顔を上げたら、高層ビル群が綺麗な夜景になっていた。あの中身になりたくはないけれど、傍から見ている分には美しい。

何気ない日常にも、ちょっとだけ心が動くことは頻繁にあるし、そういうのがまるで思い返せないというのはせかせかした生活すぎて余裕がない、とてもよくないことだと思う。ただ、何かに情緒を感じないと生きていけないわけでもない。情緒ばかり探していたらルーティンに差し障る。何ごともほどほどが一番だ。

今日という一日

朝起きると雨の音がした。それをBGMに二度寝する。結局起きたのは10:00過ぎだったか。

月曜だし、 Feedly さばくって眺める。最近あんまり読んでいないので溜まっていた。ほとんどタイトルさえ見ずに既読をつける。そんなんでいい。どうせ必要な情報なら後でまたやってくる。

昼からはコーヒーを飲みながらビデオ会議。もうカメラに映り込む洗濯物を一時的に降ろすのも慣れた。この仕事も大詰めだ。あと少し頑張りたい。

会議が終わった後、そういえば月曜だったなと極言暴論を読む。

xtech.nikkei.com

よくも毎週、同じようなテーマで同じことを書けるよなと思う。でも僕はこういうマンネリ技法は好きだ。内容はマンネリなはずなのに毎週楽しく読んでいる。新しいことを知りたいのではなく、ただ読みたいのだろう。

昼食を食べ戻ってきて少し業務をする。昼食の行き帰りに桜の木を見つけた。

それから気晴らしに散歩に出かけ、コーヒーをまた飲み、家に戻ってきて業務。18:00すぎくらいにキリを付け美容室に出かける。いつも土日に行ってたから珍しいですねなんて言われる。在宅勤務なんですよーと雑談をこなす。こういう雑談、もう美容室とバー以外ではしなくなったな。

帰りに海鮮丼を買って帰宅。海鮮丼を食べた後、やっぱりワインが飲みたくなってローソンで適当に買う。本当はググってそれっぽいのを買おうとしたんだけどどれがどれだかわからない。赤ワインだったらなんでもいいやとラベルに「RED」と書いてあるやつにした。

ワインを飲みながらこれを書いている。

今日の1曲

通り恋

通り恋

  • indigo la End
  • J-Pop
  • ¥255
  • provided courtesy of iTunes

Indigo la End は好きだ。いくつも好きな曲はあるけど、その中でも通り恋は結構好き。

rockinon.com

まとめ

最近赤ワインいいなと思っているので、赤ワインが好きな人はぜひ飲みに行きましょう。高すぎないやつを教えてください。

何も変わらない

自分が全然変わっていない、ということを時折自覚する。そしてちょっと絶望する。

ここ数年、マンネリの中で生きてきた。確かにある側面を見ればずっとカオスではあったし、一見何かに挑戦してきたようにも思える。でも結局は、ただ家の中で寝て過ごしていて、たまに外に出ているだけ。何も変わっていない。ずっとコンフォートゾーンの外から出ずに、今もただワインを独り飲みながら、キーボードを叩いている。


昔話は好きじゃない。誰かとの話ならなおさらだ。

努力の報酬なんてものはない、そんなことは知っているのだけれど、どうしようもなく満たされない自分という存在がいて、とんでもなく扱いづらい。そして満たされるために自分ができることは、いつまでも実らないかもしれない努力でしかない。

結局なにをどれだけ頑張ったとして、手に入らないものは手に入らないわけで。どんな風に言われようとも、それは事実だし抗いようがない。だけど、もう手に入らないものをふいに思い出しては、自分がみじめになって、自分を認められなくなって、思いっきり堕落した自分でいさせたくなる。

blog.515hikaru.net

誰がなんと言おうとも自分を認められるのは、自分を信じられるのは、自分を許せるのは、どこまでいっても自分だけだ。


何が起きても自分を変えられず、少しショックを受けるたびにいつかのあのときを思い出すような自分に絶望するけど、かといってそんな自分をもっと責めたりするのも違うし。変わろうとする気がないのに、行動する気にもなれないし。

あーあ、タピオカ飲みたいなぁ。

実家に帰ってきた

Table of Contents

  1. 実家に帰った
  2. MX Master 3 を買いました
  3. CIVILIAN のライブが配信されました
  4. 独りがしんどい
  5. まとめ

実家に帰った

実家に来ました。背景はここです。

blog.515hikaru.net

コトがコトなだけに旅行とかに行くのも何か違う(そもそも出先でどう働くのかという疑問が残る)し、他に行ける場所もないので実家に来ました。新幹線がアホほど空いていて笑いました。1月1日よりも空いていたかもしれない。

仕事もしていますが、テレビを見たり、本を読んだり、考え事したり、エディタの設定をしたりして過ごしています。平和ですね。

思えば日曜日にオフィスに出社するような時よりも強く「月曜日が来ないで欲しい」と思っていました。さして仕事が忙しいこともなく、ただただリモートワークというか、孤独というストレスに耐えかねていたのかもしれません。慣れないことをするストレスは結構強いですね。

わたしの現在所属している会社もリモートワークの期間を延長したりしているので、なかなか元の生活に戻るのも時間がかかるなという印象です。とはいえ、人間一気に生活を変えるのはたとえ社会的なトラブルが起きていなかったとしても難しいので、徐々に変わったものは徐々に変えていくしかないのでしょう。

特に書きたいことも浮かばなかったので、今日は近況報告をします。

MX Master 3 を買いました

唐突ですが、買いました。ロジクールのマウスです。

注意 アフィリエイトリンクです。

今までも M705 を使っていてかなり快適だったのですが、ちょっとグレードアップしたくなりました。というのも

  • macOS 以外では結構マウスを使う
    • ブラウザ
    • 開発環境(VSCode etc…)
  • ニュースを読む時間が増えたのでスクロールを意図通りにできることの重要性が増した

などの状況が手伝ったのと、最近とにかく消費をしないので消費をしようと思い買いました。各位は消費をしましょう。

スムーズに Web ブラウジングができるので快適です。

CIVILIAN のライブが配信されました

3/13 はこのライブのために有給を取っていたのですが、見合わせになりました。しかし、ご好意で配信されました。

見ていたのですが、あくまで耳の中で鳴り響くだけでしたが、とはいえ生で音楽を届けられる時代に産まれたのは、まだマシだったのかななどと思っていました。

実家に居ながらにして、ライブを体験できたのは良かったです。

独りがしんどい

ここからは愚痴です。最近ひとりがしんどいです。リモートワークのせいなのか、それ意外も絡んでいるのかはわかりません。

誰かと会うみたいなのもやりにくい昨今だし、昔書いたように別に恋人が欲しいわけでもないし、友達が欲しいとも思ってない。だけど今のこの生活が窮屈で孤独で寂しいものだと思っているし、もう少し他人に目を向けてもいいんじゃないかと思うなどしています。

でも、そもそもできない気がするんですよね。

最近やっと自分のマイペースさと言うか、人を見なさすぎていると言うか(興味がないというか)、そんな態度に気づき始めているのです。だけど20数年気づかなかったくらいなので、そう簡単に直るものでもない。習慣って簡単に直らないし。

そもそも直すべきことだとして、何をどうすれば改められるのかもよくわからないしなぁ。

まとめ

最近英語の記事を読んでいるのですが、英語の記事は結構フォーマルな形式で

  • 要約
  • 導入/背景
  • 内容
  • 結論

みたいに別れていることが多く、こういうライティング教育がされているのかなと思いました。ただもしかしたら、わたしが(ある程度)フォーマルな文章を書き慣れている人の記事ばかり読んでいるだけかもしれません。

Twitter とかみていると意味のない英文が書かれていたりして読むのに苦労します。文章って意味があるほうが易しいんですよ、意味があるので。意味がない文章を書くのは難しいのです。そう、例えばこの記事みたいに。

この記事はフォーマットはいい加減だし、1記事に複数のまるで関係のない話題が書いてあるし、特に話題も深堀りしないし、何かがまとまっているわけでもない、とにかく人に読ませる気のないブログです。

そんなブログですが、狂気だけで500記事以上書き続けています。狂気だけでこれからも続けていきたいですね。