日中戦争全史(笠原十九司・高文研)を読んだ。
多くの日本人は、中国大陸には宣戦布告もせずに百万の軍隊を送り込み、長期にわたる無差別戦略爆撃、国際法違反の生物兵器や毒ガス兵器を用いた化学戦を繰り広げた歴史事実を知らず、41年の対英米戦争が始まって以降の中国戦線への認識が欠落している。
本書の特徴は、これまでの歴史書にない海軍の謀略、宣戦布告無しの爆撃など海軍の動きを克明に記述。日中全面戦争とアジア太平洋戦争を関連づけて全体像を描くために、日中戦争研究の第一人者である著者が10年を費やし描いた労作である。
教科書には書いてある。柳条湖事件が起きてそれが満州事変の契機となったこと。それが関東軍(陸軍)の謀略であったこと。満州国建国の際に中国からの提訴を受けリットン調査団が派遣されたこと。
しかし、そもそもなぜ関東軍が存在するのかは僕は知らなかった。そしてなぜ関東軍が満州国を建国したいのかを知らなかった。さらにいえば、天皇が後追いで認めたとはいえ関東軍が独断先行で満州国の建設を成し遂げようなどという判断をなぜしたのかを知らなかった。
教科書には書いてある。盧溝橋事件を機会に、日中戦争が勃発したと。
しかし、当時の近衛文麿総理も現地軍も和解・戦線不拡大を主張していたのに、大山事件という海軍の謀略によって戦線が拡大したことを知らなかった。
僕はなぜ日中戦争の結果が英米に対する宣戦布告(太平洋戦争)なのかも知らなかったし、終戦直前になぜソ連が宣戦布告したのかも知らなかった。
そう、僕はあまりに何も知らなかった。本当に何も知らないということに、この本を読もうと思うまで全く気づいていなかったのである。
恐ろしいことに。
1冊の本を読んだ、つまりはひとつの見方を得たまでだ。だから、この本に僕の疑問に対する答えがどのように書かれていたのかをこの場に書くつもりはない。
しかし、戦線とは直接関係しないところでひとつ驚いたエピソードがある。現在の中国(中華人民共和国)の国歌「義勇軍進行曲」についてだ。
この歌は元々、1935年に流行した映画「風雲児女」の主題歌であり、この曲の歌詞に「敵の砲火に向かって進め」とある。この敵とはもちろん日本軍のことだ。戦後80年近く経った今も日中戦争*1の歌が平和の祭典たるオリンピックやワールドカップとかで流れていることを思うと、ましてその曲中で我が祖国が敵として歌われていることを思うと何とも言えない気持ちになる。
なぜ僕が日中戦争を知りたかったのかにだけ簡単に触れようと思う。
第二次世界大戦にこのところ興味があった。僕はいま広くいえば戦後を生きている。それにずっと違和感があった。軍に動員された経験のある人は僕の周りには存在しないし、当たり前だが僕は戦争になんの関与もしていない。なのになぜ戦後という秩序が*2ここまで僕の生活に浸食しているのか。
そこで調べることにした。まずとっかかりとして年始、『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)を読み終えた。次に『太平洋戦争 上』(中公新書)を読み始めてみたのだが、あまりにも日中戦争のことを知らなくてよくわからなかった。なにせ、太平洋戦争が開戦したときには既に満州事変(柳条湖事件)から10年、日中戦争(盧溝橋事件)から4年も経っている。途中から始めてもよくわからないのだ。
そこで僕は日中戦争を詳述する本を探していた。さらに言えば日中戦争どころか満州事変よりも前、韓国併合後の日本と中国から解説する本を探していた。
僕が調べようと思っていたことがこの『日中戦争全史』にはまとまっていたことを併せて書いておく。もし同じ悩みをお持ちの方は一度手にとってみてもらえるといいと思う。
最後に一つ。こんなにも読んだことを人に言いたくない本を初めて読んだ。伝えたくても自分の力量不足で伝えられなかったことならいくらでもある。しかし、こんなにも興味深いと思える本を読んだのにも関わらず、人生で初めてその内容に触れることを恐れている自分がいる。
とても難しい。戦争って、本当に複雑でとても難しいし、そして誰かや何かのせいにして終われるようなことでもないと改めて知った。