Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

1940年体制(増補版) | 野口 悠紀雄

この本は 1995 年に出版されたものであり、増補版の出版は 2010 年(リーマンショック後)である。日本の戦後経済、つまり朝鮮戦争特需、高度経済成長、オイルショックからバブル期に至るまで、全ては戦時経済体制が成功を収めた。そして(出版時および増補版刊行時)現在、1940 年体制が向かない時代を迎えていると主張する本である。

僕も含めて、多くの人は終戦のタイミング——1945年8月15日——に世界が変わった。すなわち、戦前の軍部や戦犯を追放・失脚し、GHQ が戦後の日本の根幹を作ったと漠然と思っていると思う。

この本は「必ずしもそうではない」とする。もちろん GHQ の干渉はあったが、一部に留まった。日本の戦後経済はむしろ 1940 前後、国家総動員法や大政翼賛会の成立の前後の時代の改革によって作られた体制に依拠しているという。

官僚制、土地、食糧管理、税制、金融体制などその範囲は広範囲に及ぶ。

その中には日本型雇用(終身雇用・年功序列型賃金)という 2022 年現在も(昔ほど強力ではないとはいえ)生き残っている生活に密着したシステムも含まれる。


特に興味深いのが、戦前の日本経済。すなわち、太平洋戦争以前の日本の経済体制である。

まず、いわゆる日本型雇用は戦前の明治期には影も形もなかった。労働市場は自由であり、

大正年間の大阪市『労働調査報告』に「我国労働者の最大欠点は何んと云っても同一工場に勤務して居る期間の短いことで之が為め我工業上に蒙りつつある損失は決っして少なくないのである」

などと書かれていて、これはすなわち日本の労働者は昔から転職を避けていたわけではないということがわかる。

年功序列型賃金は日中戦争を機会にして、1938 年に「国家総動員法」が制定され、その後に全国的に導入された(1920年代には徐々に導入が進めれていたが、戦争のために政府が経済統制を図るために導入した)。また、企業別労働組合、下請制度もこの時期である。

他にもさまざまな事実が紹介されている。僕は金融は苦手なのでよくわからなかった部分もあるが、明治期、大正期の日本と1930年代の日本の違いが非常に詳しく書かれている。


必ずしも100%本書の主張に同意しているわけでもないが、しかし、ひとつ納得したことがある。

日本型雇用はその名の通り「日本的」であり、日本人の民族性から作られたものであると語られやすい。しかし現実にはそうではなく、かつて作った社会システムが日本型雇用を生み出した。

つまり、日本型雇用は変更可能なシステムである。民族性や地政学的、歴史の積み重ねに端を発して作られたものではなく、ただ既存のシステムの合理性から生まれたものだ。

もちろん、反論もできるだろう。変わるとしても時間はかかるだろう。しかし、日本人が作ったシステムではなく、戦争が作ったシステムだという主張はあって然るべきじゃないか。


自分が今まで漠然と信じていたものが、いともたやすくぶっ壊される、これがひとつの読書の醍醐味である。この本も面白かった。