Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

休日ってなんだっけ。とりあえず本を読むか。

この休日は洗濯をしたあとはとりあえず本を買いに行った。そしたら大量に本を買ってしまった。ストレスによる衝動買いってこういうやつなのかなと思った(たぶん違う)。ちなみにだいたい2万円くらい使った*1

しばらく本を読んでいなかった(読んでもあまり頭に入ってこなかった)のでせっかくたくさん買ったし、買った本を読むことにした。といってもまずは肩慣らしをしたいので新書をてきとうに読むことにした。こういう本を読んでいるときは別に「感想」を書くことや「実践・実現」を目標にはしていなくて、強いて言うなら、自分の間口を広げるというか、ポインタをそこに置くような感じ。そのメモリにどんなデータが記録しているのかまでは記憶しないけど、そこにデータが有ることだけ覚えておく感じで読むことがある。こういうのはとても「熟読している」とは言えない行為なわけだが、息抜きにはちょうどいい。ちょっと自分が賢くなった気がする、その「気がする」を買っているのだ。だらだらとアニメを見たり映画をみたりテレビを眺めたりする行為と同等で、メディアが書籍であるにすぎない。

話は変わるが、書籍を読むことに対しては思考停止で容認する大人を疑問に思っている。漫画はだめ、ゲームもだめ、テレビもだめ。だけど本ならいいと言う大人がいる。学校に漫画は持ち込めないのに小説を持ち込んでも許されるのは、そういう大人が実際に子供に指導をしているからだろう。この感覚が自分には理解できない。この世にはくだらない小説よりも重厚な世界を魅せてくれるゲームはたくさんあるし、漫画であるがゆえに難しいものだってたくさんある。書籍が、あるいは活字がそれらよりも優れた媒体である根拠なんてどこにあるのだろうか。少なくともわたしは知らない。

なおわたしは小説であれば大人の目をかいくぐれるから好き好んでいろんな小説を学校で読んでいた。明らかに教育に悪そうなシーンが描写されている(が一般書籍に類する)ものをよく読んでいたのは、こんなシーンを学校で読んでも咎められないのは面白いと思っていたからだ。おかげで変な人間になってしまったが、まともな人格を形成させるためには教師はわたしに小説を持ち込ませることを禁止するべきだったのではないだろうか。

ゲームや漫画でセックスをするとR18になるのに、活字だとならない。むしろ大人は子供が読んでいると文学少年(少女)だねと褒める*2。中学時代はただエロに興味がある少年だったわたしにとっては非常に都合が良かったが、あとから考えると本当にこのあり方が正しいのだろうかと思ってしまう。

それでも活字でなければ得られないものがある、漫画やゲームでは培われないものがあるという主張をする人もきっといるだろう。個人的にはメディアの違いがそんな本質的な差異を生むとは思えないが、実際にあると認めたとして、それは活字であっても簡単に得られるものではないと思う。つまり、やはり相応の「読み方」をしなければならないと思う。昨日と今日のわたしがしていたような、ただ単に「目で文字を追い」、「反応する」ことで得られるようなものではない。そういった話を書いているのが、先月読んだ『読書の価値』である。

読書の価値 (NHK出版新書 547)

読書の価値 (NHK出版新書 547)

なにせ自分は曲がりなりにも数学科というところにいて、それなりに本を読んでいたので目からうろこというほどのこともない。物事を画で記憶する人がいることも知っている*3し、書かれている文字列を「展開」することは難しいことも知っているつもりだ*4。あと、筆者がそんなエピソードを披露したくてこの本を書いているわけでもないこともしっている。

知っているので別にさして感動もしないのだが、なんとなく読んでしまう。そろそろ全然関係のない、自分の主張とは相反するような主張をしている本を読みたいところだ。

この土日に本を読んだことで、また本を読みたくなった。あるいは、学び直したいことがいくつか見つかった。わたしにとってはこの休日の目的は、自分の勉強意欲を復活させることだったので、媒体がなんであれ、そこに描かれていることがなんであれ、読書をすることが妥当な課題解決方法であったのかさえ不明だが、目的を達成したので十分だ。

結局自分が納得してさえいればそれでいい。

*1:技術書を4冊、漫画とラノベで3冊、新書を3冊買った。

*2:おそらく褒めている大人は中身を読んだことがないのだろう。

*3:ちなみにわたしはリズムで記憶をし、リズムで読み書きをする。効率よく仕事をするために音楽を聴く。

*4:どんなに簡単なことが書かれている数学書でも、初めて知る概念は自分も手を動かさないと何をやっているのかすぐにわからなくなるのは経験的に知っている。