Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

iPad Pro を買った

忘れていたので、思い出したように書くとiPad Proを買った。唐突に買った。買った理由はあんまり思い出せないけど、勉強したいなって思っていた気がする。

www.apple.com

勉強しているのかと言われると、そんなにしていない気がするが、仕事には活用している。図をかいて考えているときにはやはり未だにペンが強い。PC で図を作るのは面倒だ。きれいな図を作るのは PC のほうが得意かもしれないが。

基本的に自分はインプットのツールとしてはスマートフォンで十分だと考えている。大きな画面のほうが効率が良いとかいろいろと思うことはあるけれど、何かを読む、見るのに大きな画面である必然性はない。ブログやニュース記事を読むのも、音楽を聴くのも、スマートフォンで十分だ。

一方で、PCはアウトプットのためのツールだととらえている。わたしは PC を活用しものづくりをすることを仕事にしているし、自分はやったことはほとんどないが動画の編集や写真の加工といったことは PC でよく行われる仕事だと思っている。小説家も(今はまだ)小説を書くのにスマートフォンを使わないだろう。何かを創造するときは、アウトプットするときは PC を使う事が多い。このブログ記事も PC のキーボードをわたしが指で押すことを繰り返して生成されている。

かつてはタブレットもインプットがしやすいツールという印象をわたしは持っていた。しかしこの頃はペンが発達してきたりしてアウトプットのためのツールであり、 PC とはカバーしている領域が違う。タブレットはタブレットとしての立ち位置を確立しようとしている。Good Notes に JSON を書きなぐり、なんども書き直して実際の形式に近づけていく過程はスマートフォンでも PC でもやりにくく、強いて言うなら紙とペンでやるしかないだろう、紙とペンよりも生産性が上がっているかは知らないが、既存の電子機器では不可能だった領域に食い込み始めているのは確かだ。

当たり前だが、iPad Pro は硬いので布団の上とかでも普通に本を読みながら数式を展開したりできる。おかげで勉強を始めるのに必要なエネルギーが減った。横になりながら勉強し、眠くなったら寝ればいいのだ。

ところで、わたしは別に Apple 好きでも信者でもなんでもないはずなのだが、私物はスマートフォンもPCもタブレットも Apple 製品で統合されてしまった。わたしがスマートフォンを Android にしないのは技適問題が解決しないからだし、 Apple Pencil が使いたいから iPad Pro をタブレットにしたし、Windows PCを持っていないのは物理的に軽いことを重視したら MacBook がまぁまぁ魅力的だっただけなのだが。あ、あと音楽の聴き放題サービスは Apple Musicを使っている。これも小学校のときからiTunesを使い続けてきたことによる惰性だ。

仕事では Windows と Linux を使っている。こういういろんな環境を行き来しまくる生活は実は大学4年生くらいから続いている気がするので、もう諦めればいいのかもしれない。