『資本論』を学び始めた。
とりあえず全3巻(文庫だと9冊分)をいつか読み終えようと思っている。いつまでかかるのかわからない。普通に途中で挫折したり飽きたりするかもしれない。死んでも読み終わらないかもしれないし、仮に読んだとしてマルクスが考えていたことの1%も理解できないまま死ぬかもしれない。
このところ毎日、飽きることなく資本主義について考えている。資本主義について真剣に考えなければならないと直感している。根拠はない。相変わらず大事なことほど論理的に説明できないのだと嘯いている。
なぜ資本主義について僕が考えているのか。理由は3つある。
ひとつは、僕自身はかなり昔から「大量に消費すること」に違和感を持っていたからだ。当時は言語化できなかったが、中学生のときに「芸術の大量消費社会」というタイトルでなんでもかんでも大量に消費することを批判した文書を書いた記憶がある*1。
もう15年近く経っているが、いまもってその気持ちは変わっていない。僕は大量に消費する社会、言い換えれば大量に消費し続けないかぎり豊かさを維持できない社会に違和感を持ち続けている。
資本主義はありとあらゆるを商品として消費し尽くしても飽き足らず、まだまだ商品にするものを増やし続けている(人と人のつながりの象徴である恋愛や結婚でさえ、もはや商品のひとつになりさがったのだ!)。このメカニズムが社会をよりよくしていると、僕は思わない。
ふたつめは、noteに書いた。ここには書かない。
最後3つめは、僕自身が資本主義をどうしようもなく愛しているからだ。
何度か述べてきたように、僕はこの世界を愛している。愛しているこの世界を理解したいのだ。そして、もし過ちがそこにあるのであれば救いたいのだ。
いつか僕は資本論を読むだろうと思っていた。僕は資本主義に懐疑的だったからだ。
そのいつかがいつくるのかは全く想像していなかったが、それがどうやらいまらしい。
他にもまだまだ読みたい本はたくさんある。僕はこの資本主義に対する洞察をさらに深めたい。資本主義を真剣に考えること、そして近代を真剣に捉え直すこと——それがいまの僕の使命だ。「ちょっと近代と逆のことをやってみた」というノリではない、本当の「現代」を考え直したいのだ。
とても楽しい毎日だ。この上ない幸せである。
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*1:どこかに残っているかもしれないが、発見できなかった。仮に発見できたとして消したいと思うだろう。