今日は特に何もしていない。そういえば何もしていない休日なんて久しぶりなんじゃないかと思う。
今日はゆるっと Netflix を見ていた。
いつか読んだブログで、平日はコード書いて、休日は Netflix 見ているみたいなことを書いているエンジニアの人がいた。その時はなんだかすごくその文章がかっこよく思えた。なぜなのかはよくわからない。ただ、いざ実際に自分がそういう生活をするようになってみると、自慢するようなものでもないなと思う。
このドキュメンタリー、冒頭の方でソーシャルメディアの問題は何かと問うていてそれにみな答えられない、という描写があるのだけど、終盤は色々と現状からの改善策こじつけていてそれがすごく気になった。問題がなんなのかを認知、言語化できていないのに改善案だけ言語化できるというのはどうなんだと思う。
確かに問題はある。問題はあるけれど、問題というのは正確に認知・言語化・精緻化するのが難しいのだ。認知できていないとしながら、改善策をあーだーこーだ述べるのは何か間違っている気がする。
もちろん、立場上、そしてドキュメンタリーの締めくくり的にも何にも思い浮かばないとは言えないんだろうけどさ。
個人的に広告収益のサービスはユーザーが売り物になっていることそれ自体よりもユーザーの方を "見ていない" と感じる。結局彼らの顧客は広告主であってサービスを使っている人ではない。
最近 MacBook Air とか買ったりしているけど、その理由は Apple はユーザー(ハードウェアを買った人)のことを見ている、突飛な改善をすることもあるけど、同じ方向を向いていると感じられるから。彼らの顧客は僕ら買った人(もしくは企業)であって、広告の出稿者とかではないから。同じことは Microsoft にも言える。あと Netflix も一応そうね。
古い話をすると Inbox by Google が死んで Gmail に一本化されたのユーザーの方を見てないってことだよなと思う。もちろん収益がないのにいつまでもサービス継続できないというのはそうなのかもしれないし、もしかしたらユーザー数が僕が想像しているよりもずっとずっと少なかったのかもしれない。僕は今はメールボックスに広告が出ることを許容して生きているけど、Inbox の方が良かったなってずっと思ってる。この話マジで誰にも伝わらなそう。
Inbox はちょっと私怨が混じるので置いておくにしても、自分の方を見ていない、自分のためのものではない、と感じてしまうと自分は触る気が失せてしまう。だからこの頃は前もちらっと書いたけど Google よりも Apple や Microsoft の方によりがち。本当にその選択が正しいのかはよくわからないけれど。
そんなこんなで、楽しい休日が過ごせたので今日は満足です。おやすみなさい。