失われた春
春はとっくの間に終わった。なかったと言っても過言ではない。
2020年の春はいつの間にか終わっていた。誰が悪いわけでもない。何の感慨もなくただただ時間は流れた。希望を持つには長すぎ、慣れるには特異すぎる日々だった。
春は明けて、梅雨も明けて、夏が来た。だけどぽっかりと空いたすき間はどこか埋まらなかった。
あるはずのものがなかった――まるでこの世に執着する亡霊のように、そこにあるはずのもの、あったはずのものに捕らわれ続けていた。もう自分でも忘れかけている、平和な春という幻影をずっと探していた。
夏に桜は咲かない。幻は幻で、どこにももう春の面影なんてない。ないはずなのに、探してしまうのだ。
Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song
それでも、桜は咲いた。
追い求めていた幻のひとつはここにあった。映画館の休館に際して公開を延期したその映画は、いま形を変えずにありのままの姿で僕らの前に現れた。
ひとつの物語の結実というだけではない。圧倒的な迫力で描かれる怒涛の展開、そして明かされる「全て」に、僕はただただ目を奪われていた。
何から何までド迫力の、2時間を終えて思った。
―― あぁ、今年も桜は咲いたんだ、咲いていたんだ。僕が気づかなかっただけで。
失ったはずの春の風がそこに吹いていたような気がして、僕はひとりわけもわからず感極まっていた。
再び花開く
そこには希望がある。
そこには信頼がある。
そこには別れがある。
そこには愛がある。
運命に抗う勇気を僕も持てたなら、来年の春の桜はじっくりと鑑賞できるかもしれない。
- アーティスト:Aimer
- 発売日: 2020/08/19
- メディア: CD