使った分の1%やら10%やらを還元するのは別に大して珍しい話ではない。クレジットカードは引き落とし額の1%はなんらかのポイントになるのが普通だし、ヨドバシカメラやビックカメラなどの大手家電量販店は通常時でも10%還元商品が多数存在する。決算期には13%や15%になることもあるくらいだ。
そんな中で、昨年末に一気に話題沸騰したPayPayのキャンペーンは、決算セールよりもただ5%キャッシュバックが増大しただけ、とは形容できないほどの盛り上がりを見せ、どこかしらから怒られが発生するほどの騒ぎだったらしい。詳しくは知らない。
今は第2弾として行われている20%還元キャンペーン、最近筆者も家計簿をつけるのをほぼ自動化したことも手伝って利用してみたが、利用するたびに何とも言えない強烈な違和感を感じている。還元の額は確かに大きい、しかしそれ以外のなんとも言えない気持ちを僕は感じている。
電子マネーのインセンティブ
現金というと、この文章では日本銀行が発行している紙幣や、政府が発行している硬貨を指すことにしよう。現金は日本国内においては非常に汎用性が高く、あらゆる価値の代替になる。
電子マネーは、少なくともわたしが知る限りは民間企業がやっているものしかない。鉄道会社による交通系ICカード、LINE Pay、冒頭にも書いたPayPayなど、いずれも民間企業によるものだ。これらは当然現金ほどの汎用性を持たない。だがその代わりに、付加価値を加えて、自分たちのもつ電子マネーに現金をチャージさせようと躍起になっている。付加価値というのは、
- 価値の保護
- 決済時のUX
- "ポイント"による還元
に大別されるだろう。
価値の保護
汎用性を失う代わりに、価値が限定されるので誰にでも使えるものではなくなる、という見方もある。現金は当然価値があるものだが、一方で所有者との明示的な紐付けが存在しないため、紛失時に拾得者に取られるなどの恐れがある。一方、電子マネーの残高は各種アカウントに紐付いているため、自分の所有する価値であるとも捉えられる。仮に携帯を落としたとしても、それすなわち残高を失うということはない。携帯を落としたときの対処をきちんと実施するのは面倒だが、それにより価値を守ることが可能なはずだ。
決済時のUX
小銭を細かく出すのは面倒だからコードやクレジットカード、ICカードなどで払いたいとか、単に決済が素早く済むからという理由で使う人も多いだろう。コンビニの店員が取り出したお釣りが正しい額かどうかを数える必要もなくなる。脳のリソースの節約になる。
還元
そして最後のポイント還元だ。ポイント還元の方法は多岐に渡る。スタンプを10個集めると1回無料になることもあるし、その店や関連店舗でしか使えないポイントとして支払った額の10%が還元されたりすることもある。
LINE PayやPay Payなどの新規参入勢が採用している還元は、「支払った額の20%をチャージする」、「支払うごとに還元される"くじ"を配布する」、「何回かに一回全額還元される」など、残高を利用すると残高に直接キャッシュバックする形式だ。
僕が感じる違和感
さて、電子マネーのインセンティブをみてきた。おそらく家を買う時に「LINE Payで」といっても買えないだろう1から、本当に汎用性のある現金には間違いなく劣る。一方で、コンビニで買い物をする、チェーン店で食事をする、日用品をドラッグストアで買う、100円ショップで買い物をする、家電量販店で家電を買う、など日常に蔓延る消費活動においては現金に固執する理由はなくなってきている、というのが僕の観測だ。
現金のほうが安心するという感覚ももはや無い。コンビニに財布を持たずに行くのももはや日常になってしまった。キャッシュレスを始めてそんなに時間は経っていないはずなのだが。
しかし、それでも気持ち悪いと思うことがある。
価値が移動していない
Tポイントによる還元は、現金なりクレジットカードなりで価値を消費したときに、Tポイントという用途が非常に制限された価値を還元として受け取るというものだった。つまり、消費した価値と消費への還元の価値が別物なのだ。ローソンでクレジットカードを使ってTポイントを得ても、Tポイントはファミリーマートでしか使えない。
しかし、PayPayやLINE Payはそれを消費した価値の残高に還元される。つまり、PayPay残高を利用するとPayPay残高が(タイムラグはあるが)増えるのだ。PayPay、LINE Payの残高自体が制限された価値ではあるが、消費元と還元先が同じなため昨日買ったコーヒーの分が還元されたのでもう一回買う、というようなことができる。
もしもTポイントのような価値を支払いで利用するときは、「ポイントで」と店員に伝えるとか、お金ではない何か別の価値を使うことを明示しないといけない。しかし電子決済サービスでは、ただ使うだけで還元され、その残高の元手が現金であるか、還元されたポイントであるかいったことを意識せずとも使える2。現金かのように決済すると、現金のようなものがまた還元されるのだ。価値が移動していない感じがして違和感がある。
現金のようで現金ではない何か
現金の場合、「いま10万円お支払いただくと、あとで3万円キャッシュバックします」というようなことがまったくないかはわからない。わたしは遭遇したことがないが3。しかし、さすがに現金キャッシュバックが少額決済で行われることはありえないだろう。
電子決済サービスでは少額の還元が実施されていて、還元期間を「祭り」と称するまでになっている。しかし、そもそもこの祭り自体が電子決済サービスはまだ現金決済とは程遠い、ということを感じさせる。現金のように決済しているというよりも、むしろ高還元率のポイントを使っている。消費している価値もポイント、還元される価値もポイント。
現金決済に近づきたいというわけではない、そうかもしれない。家を借りる時に前金をどうしてもLINE Payで払いたいんだ、と主張する気は僕にもない。そこは振込でいい。
ただ、現金のように振る舞っている現金ではないその何かが、民間企業のプログラマが書いたくじで10円だか100円だか残高が変動しているそのスマホの画面の額面にその額面相応の価値があるのが、不思議だ4。
おわりに
そうは言ってもそのうちなれるだろうと思っている。少なくとも還元さえなければわたしは違和感を覚えることはなかったし。電子決済は小銭の管理が必要なくなるし、とても便利なものだと思う。
ただ、数字上では同じような「価値」を提供しているように見えても、実際には現金からポイントへと価値が移動していて、その額面に現金と全く同じ価値があるのだと思わないようにはしておきたい。平たく言えばチャージしすぎないようにしたい。
そんなことを考えていた。
RT: 俺の鍵 LINE Payで当たったからコーヒー買ったらその分また戻ってきて、PayPayで松屋で払ったら当たってまたその分戻ってくるんだけど、なんやこの社会狂ってへんか?
— 515hikaru (@515hikaru) 2019年3月23日