さて、今回はカンヌの「ある視点」部門出品作品である*1。昨年は「淵に立つ」が同部門受賞作であり、僕の琴線に触れてあれやこれやと御託をたれまくった。あれから一年近く経っているとは時の流れは早いものだ。
一方、今年もこっそり「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」でも御託をたれまくって今年はもういいかなと思っていたのだが……
これを見てしまったらば、全然良くないよね。
ということで、今作についても色々書いていこうと思う。*2
相変わらず事前情報なしで映画館に行ったので、そもそもSFだということさえ知らず見に行った。昨年「クリーピー」を見て以来、黒沢清監督作品という情報さえはいれば何でも見にいくようになった*3。
冒頭
ある日、加瀬真治(松田龍平)が記憶を無くした。夢遊病者のようにふらふらと道路を歩いていたところを保護され病院に迎えに行った妻、鳴海(長澤まさみ)は昨日までとまるで違う夫だったが、記憶を無くす前の真治に浮気をされ裏切られたという意識は拭えない。夫は仕事もできず、かといって見放すわけにもいかず、戸惑いの中生活を続ける。
一方、近くの町で残虐な事件が起こった。一家惨殺、バラバラ殺人事件だった。一家の娘である女子高生、立花あきら(恒松祐里)の行方がわからなくなっており、週刊誌のジャーナリスト桜井(長谷川博己)は現場周辺で情報を引き出そうとするも成果なし。
そんな中、天野(高杉真宙)という高校生に話しかけられ、「立花あきらを探したいからガイドになってくれ」と持ちかけられる。桜井が目的を尋ねると、天野は「俺は宇宙人で地球を侵略したいんだ。そのために立花あきらを探している」と持ちかける。桜井は冗談だと思って話にのり天野のガイドになるが……
感想
つかみ
実はあえて上の「冒頭」に書かなかったのだが、上の冒頭に至る前のタイトルが表示されるまでの数分間。これがこの映画の「つかみ」で、ここで驚いて欲しいので内容は書かない。ただ、タイトルが表示される瞬間、僕は鳥肌がたった。そしてこの映画見るんじゃなかったと後悔した。
日常に潜む脅威
「散歩する侵略者」というタイトルの通り、描き出されているのは日常に潜む災難や困難だ。本当の災難、災厄というのは日常からやってくる。どんな大きなトラブルも日常に「トラブルの発端」が潜んでいて、それが引き金が引かれた瞬間に表面化するにすぎない。
そして、そのトラブルの発端に気づき、「表面化してからでは遅い」と全力で対処しても、いくら誰かに訴えても、なかなか事は動かない。人はその程度では動かない。そしてトラブルが起き、被害を受けた後で訳知り顔で「想定外だった」というのだろう。
たった3個体のせいで、多数の人間が狂って行く姿*4を見ていると、日本という国が少しずつ少しずつ衰退して行くさまを、あるいは、大切なものを失って行くさまを連想した。
愛
人間は、人間を裏切ることができる。
人間は、人間を信頼することができる。
これは思っているよりも複雑だ。誰かを裏切れる人もいれば裏切れない人もいる。誰かを愛せる人もいれば誰も愛さない人もいる。
こうした複雑な概念を人間以外が手に入れた時、あるいは人間が失った時、何が起こるのか。自分と自分以外を区別できない人、自分のものと人のものを区別できない人、ありのままに字義通りにしか解釈できない人、意志も言葉も失った人。
でも彼らは人として生きていられる。社会生活が多少困難になるが。
この物語は、人類の源泉にあるのは「愛」だと語る。愛を失えば人は人でなくなり、人でなきものも愛の体得により人になる。
言葉にすれば、それはとてもつまらない結末だ。ありきたりのラブストーリー、ありきたりのSFかもしれない。
でも桜井の選んだ道も、鳴海が選んだ道も、侵略者の選んだ道も、愛ゆえの行動だとして。
その行動がありきたりな行動だとは、僕には思えないし、選んだ道が間違いだったとも思えない。言葉にすると陳腐になりそうなので書かないが、彼らの行動から、愛や、信頼や、友情を「感じ取る」ことができたというのが、僕にとってのこの物語の意義だったように思う。
総評
もともと、「どーせ人々は『ダンケルク』見に行くんだろうし初日は避けて『散歩する侵略者』にしよ」というのがきっかけだった。
『ダンケルク』は面白いんだろうけど、僕が見に行かなくてもみんなが面白いと賞賛するであろう映画は初日に見なくてもいいやという気持ちだった(逆張りオタクなので)。
この程度の気持ちだったんですが、短いスタッフロールのわりに多少のアクションシーン、ささやかな戦闘シーン*5、何より重厚で頭がクラクラするテーマのSFになっているので、興味をお持ちの方はぜひご鑑賞ください。
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