Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

最近考えていること 2025年11月

昔より体にガタがきたなと感じることが増えた。

加齢に伴っていたり、リモートワークなどの運動不足の期間が蓄積していることもあるだろう。肩が痛い、目が痛いなどが日常でよく起きるようになった。

ほんの数年前まではいくらでも体に負荷をかけられる気がしていたのに。

いまは酒を飲む量や頻度さえも減らしている。飲み会などのイベントも、昔ほどは行かなくなった。

結婚したことの影響はもちろんあるだろう。だけどそれと同じかそれ以上の因子に自分の体力がもう追いつかないことが影響している。


また、人生で面倒なことが増えてもいる。

あれもこれも面倒だ。実の両親との関係も面倒だし、義実家を含む親戚付き合いも面倒。

時間だけを割ければいい話もあればお金を割かないといけない話もある。お金はいくら稼いでも足りないし*1

あれもこれも面倒だ。本当に。

世界は面倒なことだけでできている。真面目に生きれば生きるほど面倒くさい。

じゃあ結婚せずひとりで生きていれば楽だったかといえば、きっとそんなこともない。どうあがいても、人生は面倒なのだ。

やってられない。そう思いながら目の前の現実を更新したり、人付き合いをして関係性を悪くしないように頑張るしかない。


個別具体の話はあまり書きたくないのだけど。

一番面倒なのは、要するにこの社会に対する理解度が低い人たちと話すことだ。

誰しもがどこかで知識が不足していて、知識が不足している部分に関してこそわけのわからない言及をしている。たいていは政治的利害によるものだ。

Xの話なら他人の話だからどうでもいいが、それが自分の家族だったり親戚だったりするので面倒なのだ。

たとえばよく思うのは、この社会はどうまわっているのかについて思いをめぐらせたことがなさそうな人が多い。

たとえば国家とはなにで、民主主義とはなにで、国民は税金を払うことでなにをリターンとして得ていいるのか。

そんなことは中学の教科書にさえ書いてあると思うのだけど、誰もまったくわかっていない。わかっていないことは当然だと思いつつ、正直俺に話すならそれくらい考えてから聞いて欲しいとも思う。

追加で、会社の役割を知らない。国家の中で会社とはどのような役割をなしているのか。会社はなにに従い、なにには従わないのか。従業員は会社に対してどのような権利があり、逆にどのような義務を負うのか。

こういうことを知っていれば、なにか自分が使えそうな制度があったときにどうすればいいのかはすぐにわかるはずだ。

当たり前すぎるが、行政は法に従う。よってルールに照らしてルール通りの手順をすれば、自分がやりたいことのステークホルダーが会社だろうが、役場だろうがなんだろうが無碍にする道理はない。逆にルールに照らしてルール通りの条件を満たしていないのであれば、そのステークホルダーがどんな人であれ実施できない。

ただそれだけの話だ。というか、それが法治国家ってやつだ。この社会を生きる上で認識しなければならない最初のルールのひとつだ。

まだ続いて愚痴を書くけど、逆にこの社会に対して偏った知識を得て得意げに語っている人もいる。

正直、僕の持っている知識で論破できたり、嘘八百だったりすることが多い。でも僕はたいてい黙って聞いている。

目の前の人を論破することに興味はないし、ただだるいのだ。「それはフェイクニュースだなあ」とか内心思いながら受け流しているほうが百倍楽だ。

どうしようもないことではあるけど、ほとんどの人は自分が内面化している規範や思い込みの理由を説明できない。

たとえば、外国人に対して差別的な言動をする人がいたとしてその人にはその人なりの人生経験があってそうなっている。たとえば、そもそもナショナリズムを強く持っている人だったりする。

しかし、そういう人は自分はナショナリズムが強い方だという言語化はしない(できない)。当たり前すぎるからだ。

僕は細かな言葉から、この人はどのような価値観のもとでなぜそのような発言をするのかの意図を注意深く読み解きながら聞き、そしてなにを言うか考えている。たいていは何も言わないという結論を下す。

一番やらないことは、データを示して主張が間違っているとその焦点のままで対立構造を起こすことだ。これがなにより間違っている。フォーカスすべきは、その人の口から出たフェイクニュースではない。自分が怒り、相手を怒らせればそれは引き返せない道へとつながってしまうかもしれない。

まず最も重要なのは、その人の価値観を尊重することだ。そこから、そのフェイクニュースを信じ込むにいたった精神状態や、その人の本当に守りたい価値観を認識することだ。たいていの場合、外国人や女性のようなマイノリティへの攻撃は本来守りたいものを奪われるかもしれないという恐怖の裏返しである。

だから、フェイクニュースにはファクトで対抗するのではなく、その論点をずらしてあなたが守りたいものを尊重しているという態度をとるに限る。

そしてそんなこと大抵会話の短時間ではできないので、黙っていたらその話題は終わる。蒸し返さない。それで終わり。


書いていて思ったが、こんな複雑なことやっているのかと思う。人生面倒なことだらけだと思うわけだ。

本当はもっと、ちゃんとしたブログとか書きたいとか思っていたんだけど。なんだかそもそもテキストを書くのが面倒だなと思っていて最近全然書いていない。特にAIがテキストを書けるようになってから、人間はもう小説とかしか書かなくていいんじゃないかという気がする。

なんかまとまらないな。今日の話。愚痴っぽくなってしまった。

まぁ、それもいいか。2017年の記事とか愚痴しかないし。

*1:といってもそこまで努力しているわけじゃないので、お金だけに振ればさらに収入を増やすことは物理的にはできる。