Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

10年間の愛を込めて

10年間、同じジーンズを履いていた。

黒いジーンズで中学生のときに買った。10年前はツイッターを始めるどころか、そもそも携帯電話(今でいうガラケー)さえ持っておらず、テレビ以外の情報源は僕にとって存在せず、ブログという言葉が浸透し始めたころじゃなかったかと思う。

そんな時代に、Levi'sでジーンズを買った。今も履いている。

www.timelessclothing.jp

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2017年をゆるく振り返ろう -- ゲーム編

現実逃避と時間つぶしとその他いくつかの理由を込めて、2017年という1年を振り返ってみようと思う。まだ12月だと言われるとそれはそうなのだが、流行語大賞は2017年12月1日に発表されるし、12月は実質翌年という風潮がある(ない)。

とりあえず何を基準に振り返ろうか、少し考えてみたが、まずはゲームについて考えてみることにした。そんなに数はやっていないので2017年の振り返り記事としては不適当かもしれないが、逆に数が少ないので書きやすいという見方もある。たぶん。たまにゲームをやる程度の人間が、今年買った(やった)いくつかのゲームについて思ったことを言う記事。

ちなみに僕が2017年にやったというだけで、2017年発売でないものもある。

振り返ってみて、僕がやったのか以下の6本。

  • 龍が如く6 - 命の詩。
  • 閃乱カグラ EV 少女たちの選択
  • 閃乱カグラ PBS
  • NieR:Automata
  • FFXII THE ZODIAC AGE
  • 巨影都市
  • まとめ
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月が綺麗だった、から

自宅までの道を、歩いている。橋を渡るときにふと空に目をやると、月、星、雲が鮮やかな夜空を魅せていた。今は冬、僕はそれを思い出す。

昼間は自転車や歩行者がたびたび通る橋の上も、今の時間は僕だけのもの。そして、この川と夜空の共演は、僕だけのためのショー。

そう思って、前も似たようなことを書いたなと笑う。

blog.515hikaru.net

あれは夏の出来事だった。あんなに暑かった夏はいつの間にか目の前から失せてしまって、肌で感じているのは体を芯から冷やしてくる寒さだ。

橋の上で感じる風はずっと冷たくて、僕はマフラーで顔の半分を覆い隠した。少し写真を撮って見たけど、酔っているしそもそもうまく写せない。

こんなにも綺麗な景色が僕しか見られないなんて残念だと思いつつ、同時に僕だけが見たものだと思うと少し嬉しくもなる。独占欲ってこういう感情なんだろうか。

今年は「インスタ映え」という言葉が流行ったらしい。他者から見て「映える」ものに価値を感じる人もいるだろう。別にそれ自体は悪いことでも無い。一生、いいねの数で競っていればいい。

僕は目の前の景色に、自分が1いいねを押せた。それだけで満足だ。

住宅街に僕の足音と自動販売機の稼動音が響き渡っている。僕ももう帰る。

映えないけれど、自分だけの未来を迎えに行くために。

古本チェーンで働いていた話

古本屋時代

2年ほど古本屋で働いていたことがある。地元のそこまで大きくないチェーンの古本屋だ。有り体に言えばその地方にだけ存在するブックオフみたいなもので、まあまあ儲かっていた、のだと思う。

僕が働いていたのは、民主党政権が事実上機能しなくなっていて、当時野田首相が解散をすると言った頃。過剰な円高の煽りで輸出産業は大打撃を受けていた。絵に描いたような不況の真っ只中、街はとても静かで、駅前のトラックだらけの幹線道路からトラックが激減していた。

古本屋は不景気でも忙しい。本屋に行けば簡単に買えるものを少しでも安さを求め誰かに売られるのを待つ客。いつまでも立ち読みして帰らない客。家にあるものを売り捌き少しでも足しにしようとする客。

色んな人がいた。少しだけ、その人が買ったものから人生を感じることもあった。仕事でやっているから書けないし、もう比喩じゃなくすべて忘れた。

意外に思われるかもしれないが、古本屋で売れるものは普通の本屋で売れるものと大差ない。普通の本屋で人気のある漫画は古本屋でも売れるし、普通の本屋で人気のない漫画はやはり古本屋でも売れない。当たり前だが、働き始めた当初はそれが意外だった。

売り物もお客さまから提供されるため、買値をこちらが決められるというインセンティブはあるにはある。しかし資本主義の市場原理はここでもうまく機能して、あまりに安い買値だと他の店に売られてしまう。高く値付けるしかない。

不況の中、そうやって細々と稼ぐ人たちの姿を、あくまでもアルバイト店員としてだが、そばで見てきた。

売れるもの、売れないもの

店にいるだけだが、しばらくするといろんなことがわかるようになった。なんとなく今後売れるものがわかってくるのだ。映画化、ドラマ化をしたからといって売れるとは限らないので、実はドラマ化や映画化は大きなヒントにはなるが正解ではない。それよりも、「昨日あったものが今日ない」とか、「昨日なかったものが今日はたくさんある」ということが何よりの情報になる。実は売れるもの、今後人気を博すものはドラマ化や映画化などが正式発表されるずっと前から店の棚では目立ち始めている。

漫画の買い取りにくるペースから「これはきっとそのうち映像化されるな」などと考えて遊んでいた。当たったことは覚えているが、外したことは覚えていないので的中率まではわからない。

例えば、池井戸潤の小説は「半沢直樹」が放送される前から目立っていた。

"力" のあとの残骸

それででも、やはり映像化の力は大きい。アニメ桜Trickの初回放送後、店にあった桜Trickの既刊をすべて買った人が居たのを今でも覚えている。人は誰かに操られているかのように、同じものを買い求める。その姿を仕事をしながらずっと見ていた。

一方で、古本屋には「波」が終わったあとの本が山積みにされる側面もある。みんな同じものを持っていて、これが不思議なことにみんな同じ時期に価値を感じなくなる。映像化による "力" の魔法がとけ、大量の買い取りが一斉にやってくる瞬間がある。それは早いものでは三ヶ月ももたなず、。アニメならアニメの放送中から「切った」人たちによる在庫が生じていく。

本当に息の長いものもある。だがそういうものは逆に爆発的に売れてもいない。

古本屋は、見えない "力" に踊らされた人々を相手に、同じことをひたすら繰り返す。魔法が解けたものは買い叩き、魔法の効力が残っているものは高く買う。それを、ただただひたすらに、永遠に。

そして僕は漫画の売れ行きに、あるいは漫画自体に接し続けるにつれ、漫画を読むことに興味をなくしていった。漫画が自分のための売り物には見えなくなった。

若かっただけだといえばそれまでだ。しかし、僕はこの見えない誰かの "力" が嫌いで、漠然とした嫌悪感を醸成し、今も持ち続けている。

第三者として、残滓

今はもう小売の仕事はしていない。自分は買う側に、消費する側に回った。それでもまだ、本屋に行くたびに、広告を見るたびに、違和感が募る。

どこも同じものを売り出している、どこも同じものが目立っている。特に僕の地元なんかはそれが顕著だ。よくぞここまで全く同じ品揃えだなと逆に感心してしまう。

いつものように様々なものが映像化されていく。アニメになったり、ドラマになったり、映画になったり。そう何も変わっていない。強いて言うなら、僕が知らない作品名が増えた程度のことだ。

いまでも爆発的に売れているものをみると、「あの店とかにきっと将来行き着くんだろうな」と思う。

僕が古本屋の店員をやめてから3年以上経った。それでも見えない "力" は働き続けているし、小売店も人々も踊り、踊らされ続けている。僕もきっと少しは踊っている。

できることなら、人々を踊らせる側には回りたくないなぁと、金も稼げないのに偉そうなことを思う。

服装自由で働きたい

服装について

服装自由な会社で働きたい、服装自由な生活をしていたい。常日頃、そう意識するでもなくそう思っている。

人は見た目が9割かもしれないし、ときにはそういうわけにはいかないこともある。ただ、仕事中*1や、プライベートな時間では服装自由でありたい。

なぜそう思っているのかというと、服装の規定している「不自由」は素朴に考えるよりもずっと大きいと感じているからだ。

仕事で工場に行ったことがある。そこでは僕はジャケットを着ていた。そこの工場では、作業員の人が様々な作業をしていた。資材を運んでいる人、道具を準備している人、機械に資材をいれていく人。

彼らはみな私服だった。オフィスにいる人間ばかりが、制服と思しき作業着を着ていた。

服装はときに階級を表し、ときに帰属意識を、逆に対抗意識も表すことがある。

あらためて書くと、職場において服装が不自由であるというのはその組織への帰属意識や潜在意識での忠誠を誓わせるような行為だと感じている。

もちろん、それをするに値する組織であれば別にいい。しかし、僕の経験上入る前からそこまで賭けることのできる組織かどうかなんて普通はわからない。

そして、さらに偏見だが服装自由な会社の方が僕にとっては働きやすそうという印象がある。そもそもそうした強制をしない、ゆるい帰属意識のもとで働くほうがやりやすく思う。

単にスーツを着たくない、という問題ではない*2。服装が自由かどうかというのはその職場の「働きやすさ」を示すもののひとつとして僕にとっては機能している。

支給されるものがどうとか、休みがどうとか雰囲気がどうとかもあるが、個人的には待遇と服装を最重要視している。

*1:人前に立ったり、客先で話すようなことがあれば話は別

*2:実際スーツ持っていないのだが。

近況

最近書けることがない

あまり公の場*1で言いたくないことがあり、それと労働を基準に生活が回っているので特にかけることがない。

昔はネットでは奔放な物言いができたものだが、何かと面倒になったものだと思う。まぁその頃がよかったとも思っていないが。。

歳をとるということはそういうことなのかもしれない。

体の調子が悪い

最近肩がこっているのを自覚した。仕事のせいか、姿勢が悪いのか。緊張しているのか。

ということでPCを傾けるやつ(フリップスタンド?)を買ってみることにした。姿勢などの改善が期待されるが果たして。

他にも会社のディスプレイが縦長になったり*2した。

仕事は、最近ずっと忙しい気がしている。暇になってくれないかなと思っている。これ以上書くと何かに抵触するかもしれない(しないけど)のでやめる。

食事

体調管理はしっかりしたいが、最近食生活もかなりよくない。外食続きだし、実は危ない気がしてきた。しかし自炊する気にはなれない。難しい。

定食屋などで食べた日はともかく、コンビニのチキンなどで済ませているケースもあり(食欲がわかない日など)、これは本当によくないと思っているがこの1週間で2回はそういう日があった。食事なんぞどうでもいい、という感覚が根付きつつある。

そろそろ太りだすかもしれない。

とりあえず思っていたよりも遅い時間になっていたので今日はもう寝る。

*1:Twitterなどでは言っているのだが、ブログというものは意図せずTwitterなぞよりも幅広い層にリーチされてしまうことがあるので確定したこと以外はなるべく書かないようにしたい。

*2:おかげでIDEが扱いやすくなった。下にコンソールが表示されコードの表示部分が減るのがうっとうしいとずっと思っていた。

めちゃイケが終わるらしい

めちゃイケが終わるらしい。

どこで見たのかももう覚えていないが、ネットでめちゃイケが終わる読んだ。テレビ番組が終わることをネットニュースで知るあたり、まだまだテレビの影響とは大きいのだろうかと思う。

以前、めちゃイケについては記事にしたことがある。

blog.515hikaru.net

この放送以来、おそらく一度も見ていない。少なくとも僕の中では一年前の夏の時点でめちゃイケは過去のものだったし、僕がかの記事で褒めそやしたのは「今のめちゃイケ」ではなく「過去のめちゃイケ」、さらに言えば「10年前のめちゃイケ」だった。

あの回が心に響いた人間としても、僕はあんなやり方が今後も続いていくとは思わなかった。

時の流れは残酷なもので、10年前は笑い事だったものが今では笑ってはいけないことになっていたりする。30年前には是とされていたことが、今となっては非となっていたりする。

時代に合わせて変われていくもの、それもよい方向へと変わっていくものだけが生き残っていくのだろうか。

変わりゆくこと

人は変わる。

人はかんたんには変わらないとも言うが、それはミクロな視点だ。マクロには人は変わる。かなりたやすく。

この10年でスマートフォンはかなり浸透したし*1、情報の窓口が劇的に増えた。今や24時間365日、いつでもGoogleに、Twitterに、Facebookに、Slackに、LINEにアクセスできる。

人々が笑えること、笑えないことが変わった。それはひとりひとりはあまり変わっていないにせよ、少しずつ価値観が変わっているということでもある。

このブログで何度も書いているように、僕は変わり続けたい。価値観を変え続けたいと思っている。「成長」などというと仕事や勉学での意味合いを持ってしまうが、視野を広げ続けること、自分がこれまで見てきたことを総合して評価し続けることも、成長の一種だろう。

映画を見ることも、小説を読むことも、僕にとっては自分を変えるための手段のひとつに過ぎない。

変わらないものなんて、そこかしこにある。僕までも変わらない理由なんてないだろう。

blog.515hikaru.net

変わらないテレビ、変わるテレビ

めちゃイケもきっと変わりたかったのだろうが、うまく変われなかったのだろう。なぜ変われなかったのか、そんなことは僕にはわからないし、当事者もわからないから打ち切りになったんだろう。

家にテレビがないので変なことを言うのはやめるけど、きっと色々と大変なんだろうな。演者も、制作も。

一方で、嫌いなので名前は出さないけどあのテレビ局は調子がいいし、嫌いだけどちゃんと適応できている気がする。嫌いだけど。

フジテレビではもう全力脱力タイムス以外のテレビ番組を知らない僕だが、これからも頑張って欲しい。

うまく、変わってほしい。やりたいことをやる前に、お金がないと何もできないのだから。

*1:私の両親が持っていないが。。。