Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

あわびを食べる方の人生

土曜日にあわびを食べた。

コース料理で、伊勢エビもウツボも出てきた。たぶん同じコースを以前1度だけ食べたことがあって、人生2度目だった。

食べ終わって思った。こんな贅沢ができる世界にいつの間にか来ていたと。

あわびだけではない。色々な美味しいものを食べる機会に恵まれていた。独身の頃も、うまい店を知っている知人がなぜかいてうまい店に何度も行かせてもらった。結婚してからも、誕生日やらなんやらで豪華な食事を何度もしている。

僕はそういう人生を、なぜか歩んでいる。


チキンライスという1曲が好きだ。子どもの頃、親の顔色をうかがって安いチキンライスを食べていたが、大人になって贅沢ができるようになってもチキンライスで、いやチキンライスがいいという歌だ。

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この曲を聞いていると誇張ではなく涙が出てくる。

給料日前は如実に質素になる母の手料理。マクドナルドのハンバーガーや吉野家の牛丼が夕食だったのも珍しくない。回転寿司や焼肉は贅沢だった。

取り立ててエピソードトークにするほどでもないが、けして裕福ではない経験を僕はしてきた。ひとりで1万円を超える料理なんて子どもの頃はたぶん一度も食べたことがない。

そんな僕はほとんどそのまま大人になった。だからどんなにいいとされるものを食べても、やっぱりどこか落ち着かない。

俺はまだまだ、吉野家の牛丼でいいやって思う。


なぜあわびを食べる方の人生に来たのか。その答えはよくわからない。

自分で人生を決めてきたとも言えるし、運が良かっただけとも言える。

特に金銭に関しては外的要因がうまく機能していたとしか思えない。就職はなぜかデータサイエンスとかAIが流行っていたからできた。給料もなぜかエンジニアバブルだから上がった。自分が頑張った結果であるという感覚が一切ない。

ただいる場所が時流に乗っていた。それだけでこの人生を歩んでいる気がする。

だからこそ、余計に思うのかもしれない。あわびとか食べて贅沢していても、やっぱり吉野家の牛丼がうまいと。