Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

スケールは違えど

風邪をひいた。厄介な風邪だ。症状が重くない割に治りが悪いし、体温もそう上がらない。

体調不良を理由に全てを投げ捨て、ゲームをやったり YouTube や Netflix をみてこの休日を過ごしていた。たぶん明日出勤して風邪の症状が悪化するから、明後日も祝日だけど寝潰すんだろう。

それより先のことは、あまり考えたくない。

天才の頭の中 <ビル・ゲイツを解読する>

Netflix のドキュメンタリーをみていた。Netflix のドキュメンタリーは興味深いものがある。いつか、「殺人犯の視聴率」を見たことをこのブログにも書いた気がする。

blog.515hikaru.net

Netflix にわざわざお金を払っているのは他にもなく Netflix のオリジナルコンテンツが面白いと思っているからだ。別にテレビドラマや映画をみたいわけではない。かといってそんなに見てないので、元が取れているのかというと取れていない気もする。Apple TV+ も覗くくらいはするだろうけど、さすがに Netflix とはお金のかけかたが文字通りケタ違いらしいので、そこまで期待していない。お金だけで全てを測ることはできないが、お金は大事だ。特に動画制作なんて、どんな壮大な企画もお金がなければ汎用なコンテンツに成り下がってしまう。お金がないなら、お金がないなりの戦い方をしないといけないんだろう。たぶん。

話が思いっきりそれたが、ビル・ゲイツのドキュメンタリーを見ていた。

www.netflix.com

エピソードは3つ。発展途上国のトイレの話、ポリオという感染症の撲滅の話、エネルギー問題の話だ。その随所にビル・ゲイツの半生や Microsoft のエピソードが散りばめられている。

原子力発電に対して過去に起きた事故1に向き合いつつも、気候変動への対処(温室効果ガス削減)は無視できないとし、安全な原子力発電の実証のために動くエピソード3は、まさかの政治的な幕切れに一旦頓挫する。事実は小説より奇なりとはこのことか。

ウォーレン・バフェット氏とビル・ゲイツがハンバーガーを食べるシーンが、特に何も面白くもないのに印象に残っている。ハンバーガーに塩をたくさんふって食べるのが好きだということに6歳のときに気づいたバフェット氏は、それ以降食を探求する手間が省けたと言っていた。なんかそれが妙に面白かった。

世界を最適化するために

漠然とお金持ちになればよりよい暮らしが待っているのだろうと思っている。そしてある程度まで、それは事実なんだろう。実際わたしの収入は右肩上がりで(自慢するほどの収入ではないが)、暮らしは毎年毎年良くなっていると感じる。

さて、そんなわたしが例えば数千万円、あるいは数億円というお金を手にしたとき何をするだろうと思う。しかし、シミュレーションがうまくできない。少なくとも、恐れ多くて自分のために使おうなどとは思わない気がする。とはいえ、何を目的にして誰のためにお金を使えば良いのかも難しい。無駄なことには使えない。社会をより良くするためにお金を使いたい。

ゲイツ氏はドキュメンタリーの中で「慈善事業はなんのためにやっているのか」と尋ねられると、こう答える。

「最適化だよ」

最適化という言葉が飛び出てきたとき、ああプログラマーだと思った。コードは書かないかもしれないが、ここで最適化という答えが当然のように出てくるのがプログラマーなのだ。

世界を最適化する。人類の抱える課題を解決する。スケールは違えど、結局人が投資する先は同じなのだ。今かかっているコストを削減するため、今抱えている問題を解決するため。人が資源を使う先は結局それしかないんだろう。

スケールは違えど同じ人

わたしは前の会社の経営者がコンビニのコーヒーを飲んでいるのを見たとき、「あぁ、この人もこんなコーヒーを飲むんだ」と思った記憶がある。

ゲイツ氏でもスケールは違うが、結局はただの人だ。天才ではあっても、大金持ちであっても、究極ただの人だ。銃で撃てば死ぬんだろうし、笑うし泣くし、考え事をするときは歩くのだ。

スケールは違えど、やっていることはあまり変わっていない。わたしはわたしのスケールで、今は仕事2をしよう。そんなことを思うドキュメンタリーだった。


  1. そこには福島第一原子力発電所のものも当然含まれる。正直な話、わたしは初めてこのドキュメンタリーで事故の詳細や、事故を引き起こすにいたった “設計のマズさ” を知った。太平洋の向こう側に居た人間たちのほうが問題に真摯に向き合っていたのかと、わたしは恥ずかしく思った。

  2. お金を稼ぐためのものとは限らない。