Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

夏の1ページ

**フィクションです**


新幹線を出ると、熱気が体にまとわりつくような不快感があった。今年も夏は暑い、何度思っただろう。

先ほどまでいた地元の匂いとは違い、この街の匂いが鼻につく。まるで部外者はお断り、俺の匂いをまとえと言わぬばかりだ。この街の匂いはどこか傲慢な気がして好きじゃない。

冬の澄み切った空気の中にも強い匂いがして不快だったのを私は思い出している。だが、今の夏の湿度と気温ではとてもリアルな感覚は再現できなかった。別に思い出したくもない、そう思って私はその思考を遮断した。

新幹線の均質な空気とは違い、街には独特の空気がある。その街に住む人々、その街に建っているもの、その街を為しているもの全てが空気を作り、まとい、独特の進化を遂げているような気がする。

また、帰って来てしまった。私はそう感じた。いつしか私はこの街に囚われてしまったのだ。

「日本を旅していてもあまり面白くない」とあなたは言った。「別に韓国でもいいの。国が違うと言葉、文化、何もかも違う。日本で体験できる日常は日常の延長線上にあるけど、海外はそうじゃない。そもそも自分が異質なものとして扱われるの。それが面白いの」と。

私は結局今までもこれからも海外に行く予定がないけれど、今ならあなたに反論できると思う。「いや、日本にいても、言葉が通じても、その街に馴染めない自分は、その街にとって異質なものですよ」と。

私はこの街には馴染めていない、そして例えば結婚してこの街で暮らしたり、子供を作ったりして周囲の人と協力して生きて行くことになっても、きっとこの街ではよそ者、異質なものとして扱われる感覚が拭えないだろう。

きっとあなたは旅をすること、いうなれば表面をなぞることについて話していたのだから、私がこんな反論をするのも筋違いかもしれない。

でも私はこの街で生活をしていて、いくら同じ言語が通じようと、食事の際に箸を使っていようと、同じチェーン店が並んでいようと、電車で1時間たらずで移動できようと、ここは私にとってはやはりひとつの外国なのだ。

私は外国に行ったことはない。でもあなたになんの引け目も感じない。

私はいま、なんとか外国でもがきながら暮らしているのだから。