映画、 「風立ちぬ」 を鑑賞した。 結論から言えば、 良い映画をみたと思う。 描きたいものを描き、 それをみた一定数の人が感動する。 映画ってそういうものだし、 それで良いと思っている。 それに、 基本的に人が作ったものに対してぶつぶつ言うのは好ましいことではない。 分かっているが、 今日は敢えてやってみようと思う。というのも、 暇だからである。
作品概要
あまりにも有名過ぎて言うまでもないが、 一応概要を書いておく。「風立ちぬ」 は戦闘機 「零戦」を設計した堀越二郎の半生を描いた映画である。 スタジオジブリの作品で、 引退された宮崎駿氏が監督を務めた最後の作品でもある。
キャストは、 二郎の声優は庵野秀明、 ヒロインの里見菜穂子の声優は瀧本美織。 他にも、 西島秀俊、 西村雅彦、 大竹しのぶなど。
音楽はこれまた言うまでもなく久石譲氏。
激動の時代: 関東大震災(1923)から第二次世界大戦終焉(1945)まで、 二郎がいかなる夢を追ったかが描かれている。
果たして戦争がテーマなのか
戦争が背景にある映画をみると、 すぐに戦争がテーマだと勘違いする人がここ日本にはいる気がする。 この映画は、 憲法9条の改正が話題になっている日本で、 映画公開直後にスタジオジブリが 「憲法9条の改正に反対する」 声明を出したこともあり、 戦争と強く結びつけている人が多い印象がある。 だが、 この映画はそんな低レベルなことを表現するために作られたのだろうか?
僕の解釈としては、 そもそもこの映画は、 背景に戦争はあるが、 決して戦争に対する何かを訴えるための映画ではない。 この映画は "美しいものを作りたい" という堀越二郎の純粋な欲求を表現しているにすぎない。 戦争という "背景" にとらわれ、 「堀越二郎の半生を描いた」 ことを見失ってはいけない。
抽象論ばかりもアレなので、 具体的なシーンを挙げつつこの映画の特長を多少紹介する。 まぁ制作者はプロで僕はド素人なので、 褒めるのもバカらしい点ばかりほめるけど気にしないでいただきたい。
優れた時代考証
「見せること」による時代の表現、 特に堀越二郎という言うなれば "一般人" の視点から戦争の時代を描いている点は見事だった。 戦争のシーンがなくても 第二次世界大戦に突入していく時代だということを悟らせる工夫が随所に見られた。
たとえば、 二郎がドイツに行きドイツの戦闘機を見せてもらう場面があるのだが、 夜に散歩をしているとドイツの警察官がユダヤ人を追うシーンがある。 (当時の日本は枢軸国側なのでドイツとは同盟関係にあったことに留意されたい) このとき、 二郎たちはなんで追われているのかわからないといった表情をするわけだが、 まさしく "ふつうの人" からみたあの時代を描いているひとつの印象的なシーンである。
"歴史" として知っている我々だが、 "その時代を生きている人として"自然なセリフが考えられているのが見事だった。 話は変わるが、 「GLADIATOR」 という映画の字幕で、 当時のローマ人が "第二次ポエニ戦争" と表現するシーンがあったのだが、 幻滅した。 字幕なので英語のセリフ原文を見ていないので誰のせいかはわからないが、 第二次ポエニ戦争というのはあまりにも教科書的ではないだろうか。先の何々との戦争、 x年前の戦争、 二度目のポエニでの戦争などと表現したほうがよかったような気がする。
信頼関係
人と人との親しさや信頼を、 さりげない言葉遣いや行動で表現していたのも見事だった。
書くことに飽きてきたので、 一番好きなシーンだけ紹介するが、 主人公が妻の手を握りながら家で仕事をするシーンがある。
「タバコ吸いたい、 離して良い?」、 「ダメ、 ここで吸って」、「ダメだよ」、「いい」
この時点ではまだ新婚状態のはずなのだが、 この短い会話で互いが互いを信頼しているのが本当によく伝わってくる。 ベストシーンに挙げたい。
飽きてきたので結論
風立ちぬとは、 堀越二郎の半生を通じてこの激動の時代を生きた日本人を、 美しき心を持った日本人を描きたかったのではないか。 美しい飛行機を作りたい、 それで空を飛びたいという純粋な思いを抱いて生きた日本人がいたということを。
そしてその心は、 戦争の時代でも持っていた堀越二郎に対して、 この恵まれた21世紀を生きる僕たちが持っている心なのだろうか?
今の僕らは当時と比べれば、 治安維持法もなく、 思想犯罪で逮捕されることもない。 お金を求めないと生きていけないシステムではあるけれど、 それでも何かを強制されることもなければ、 何かを求めれば実現することが出来る社会だ。 なのになぜ、 僕らは何かを求める心を失っているのだろう?
"昔より恵まれてんだから今をしっかり生きろ" というちゃちなメッセージではない。 明らかに昔存在した筈の何かが失われていることを、 この映画は訴えているのではなかろうか。
「風立ちぬ」に必要だったのは、 戦争でも飛行機でも、 ましてや堀越二郎の半生でさえない。 この何でも出来るが故に何もしなくなった21世紀の日本人の中に眠る、 純粋な心である。