Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

服装自由で働きたい

服装について

服装自由な会社で働きたい、服装自由な生活をしていたい。常日頃、そう意識するでもなくそう思っている。

人は見た目が9割かもしれないし、ときにはそういうわけにはいかないこともある。ただ、仕事中*1や、プライベートな時間では服装自由でありたい。

なぜそう思っているのかというと、服装の規定している「不自由」は素朴に考えるよりもずっと大きいと感じているからだ。

仕事で工場に行ったことがある。そこでは僕はジャケットを着ていた。そこの工場では、作業員の人が様々な作業をしていた。資材を運んでいる人、道具を準備している人、機械に資材をいれていく人。

彼らはみな私服だった。オフィスにいる人間ばかりが、制服と思しき作業着を着ていた。

服装はときに階級を表し、ときに帰属意識を、逆に対抗意識も表すことがある。

あらためて書くと、職場において服装が不自由であるというのはその組織への帰属意識や潜在意識での忠誠を誓わせるような行為だと感じている。

もちろん、それをするに値する組織であれば別にいい。しかし、僕の経験上入る前からそこまで賭けることのできる組織かどうかなんて普通はわからない。

そして、さらに偏見だが服装自由な会社の方が僕にとっては働きやすそうという印象がある。そもそもそうした強制をしない、ゆるい帰属意識のもとで働くほうがやりやすく思う。

単にスーツを着たくない、という問題ではない*2。服装が自由かどうかというのはその職場の「働きやすさ」を示すもののひとつとして僕にとっては機能している。

支給されるものがどうとか、休みがどうとか雰囲気がどうとかもあるが、個人的には待遇と服装を最重要視している。

*1:人前に立ったり、客先で話すようなことがあれば話は別

*2:実際スーツ持っていないのだが。