Diary over Finite Fields

515ひかるが書き溜めたメモとコラムと雑記

権利について

いつもいつも、政治の報道は何か他のニュースにかき消されている気がする。

が、これを書いている今日*1は衆議院を解散すると安倍総理が記者会見した日である。

logmi.jp

安倍首相は25日に記者会見を開き、アベノミクスの2大改革である生産性革命、人づくり革命について演説。また、それにあたり、28日召集の臨時国会で衆院を解散する意向を表明しました。

解散をするということは当然、選挙をするということである。僕は選挙のたびに、そして2017年になってより強く思うようになったことがあるのでここに書き記しておこうと思う。

権利の歴史

約70年前、第二次世界大戦は終わった。敗戦後、日本で「男女平等な」選挙が初めて行われた。

日本において男女平等の選挙の歴史は、たった70年しかない。

それ以前の選挙は男性しか参加できなかったし、納税額によっては投票権がなかった。それでも、明治時代とかのお話である*2。男性しか選挙に参加できなかった時代はまるで遠い昔かのように語られるが、実際はとても最近の話だ。

この選挙権のように、いま僕たちが当たり前のように手にしている権利は、偉大なる先人たちの努力や名もなき人たちの運動により達成されたものだ。長い時間をかけ、多くのエネルギーを使い、実現させたものだ。

人間は一度手に入れてしまうとすぐに慣れてしまい、選挙権を「貴重な権利」であると認識している人は今となっては少数なのかもしれない。

権利の消失

得るのはとても長い年月がかかる一方、すぐに価値が過小に評価されてしまう権利は、奪うのも簡単だ。

権力者が時に大衆に支持され、公に正当化され、一瞬のうちに権利を奪う。そんな光景をなんどかみてきた。

アメリカで、それが起きた。2017年、1月、ドナルド・トランプが大統領に就任したとき。

アメリカで学ぶ権利を失ったものがいた。アメリカで生活できなくなるものがいた。

目の前の権利が、当たり前に享受できていた権利が失われる瞬間を、僕たちは目の当たりにした。

総合

僕たちは先人たちが努力の末に勝ち取った権利を活用して今を生きている。でも、目の前にある権利はふとしたはずみで失われるものかもしれない。

未来の自分のため、未来の世代のため、僕たちは権利を守り続けなければならない、行使し続けたい。

僕にできることは、次の選挙にも票を投じに行くことくらいかもしれないけれど。これからの子どもたちが票を投じることができるように。

これからの日本に、国民の、人民の権利を安易に侵害しない国であってもらうために。

*1:2017年9月25日。書いているうちに日付が変わったので投稿日時は26日になっている。

*2:ヨーロッパでの話をするときっと歴史はもっと複雑なのだろうが、筆者が詳しくないので書けない。