Diary over Finite Fields

515ひかるの日記と雑文

準素イデアルの定義をずっと間違えていた話

数学の記事を書くときに読者をどれくらいを想定すればいいのかよくわからない. こんにちは 515 ひかるです. 人のために記事を書くと面倒くさいことになるので自分のためにしか書いたらいくらかマシになるんじゃないかという仮説を立ててみました. ということでこんな記事を書こうとまた思い立ちました. これまた小ネタです.

経緯

そもそも僕はこの 4 月から M.F.Atiyah, I.G.MacDonald の Introduction to Commutative Algebra を後輩と読んでいる. 持っているのは和訳であるが.

Atiyah‐MacDonald 可換代数入門

Atiyah‐MacDonald 可換代数入門

Introduction To Commutative Algebra (Addison-Wesley Series in Mathematics)

Introduction To Commutative Algebra (Addison-Wesley Series in Mathematics)

ゼミ中に準素イデアルでない例が本当に準素イデアルじゃないのかがわからなかったので保留になった. 実際は本に書いてあることはすべて正しかったのだが, 定義を知ったのは 1 年ほど前なのにこの程度のことも考えていないとは, あまりにも情けないと思ったので, ここに自戒を込めて記事として残そうと思った次第である.


環は単位的可換環とする. 以下, 引用をした文献はすべて 『Atiyah‐MacDonald 可換代数入門』 (M.F. Atiyah, I.G. MacDonald 著, 新妻弘 訳) である.

準素イデアルの定義は, このように書かれている. そのまま引用しよう.

{A} のイデアルを {\mathfrak{q}} とする. {\mathfrak{q}\neq A} でかつ, {xy\in\mathfrak{q} \Rightarrow x\in\mathfrak{q}}, または, ある {n > 0} に対して {y^n\in\mathfrak{q}} という性質を満たすとき, {\mathfrak{q}} は準素イデアル (primary ideal) であるという.

この定義の表現が若干アイマイで, 混乱したのだ. たとえば, この場合読み方によっては, {xy} が満たしているのと, {yx} が満たしているのが同値であるかのように思えるし, 条件が {xy\in\mathfrak{q} \Rightarrow x \in r(\mathfrak{q})}, または {y \in r(\mathfrak{q})}*1 と同値なんじゃないかと思えてしまう.
しかし, このアイマイな理解だと次の具体例が理解できない.

問題

ゼミ中に話題に上がった例は次である. 第4章の p77-78, 例3) の部分である. これもそのまま引用しよう.

逆に*2, 素イデアルのベキ {\mathfrak{p}^n} の根基イデアルは素イデアル {\mathfrak{p}} になるにもかかわらず, 必ずしも {\mathfrak{p}^n} は準素イデアルになるとは限らない. たとえば, {A=k[x,y,z]/(xy-z^2)} とし, {\overline{x}, \overline{y}, \overline{z}} をそれぞれ {A} における {x, y, z} の像を表すものとする. このとき, {\mathfrak{p}=(\overline{x}, \overline{z})} は素イデアルである ({A/\mathfrak{p} \simeq k[y]} であるから). このとき, {\overline{x}\overline{y}=\overline{z^2} \in \mathfrak{p}^2} であるが, {\overline{x} \notin\mathfrak{p}^2} でかつ {\overline{y}\notin r(\mathfrak{p^2})=\mathfrak{p}} となる. ゆえに, {\mathfrak{p}^2} は準素イデアルではない.

このとき, {\overline{y}\overline{x}} であれば, {\overline{x^2} \in\mathfrak{p}^2} であるから, ひっくり返せば準素イデアルの定義を満たすのでは? という話. つまり, 定義がなんか曖昧でよくわからないし困ったという状態に陥った. なんか釈然としなかったのだが, 合点がいったのは, 正確に定義を書き直せたときである.

定義を書き直してみる.

簡単に言えば, この {xy} というのは要するに {\mathfrak{q}\ni a = xy} と, 元 {a} を因数分解していて, 一般に因数分解の方法は一意ではない. このことに思い至ればあとは容易で, すなわち因数分解によらずに上に書いた条件を満たすイデアルを準素イデアルとすればいいのである.

抽象的に説明するよりも具体例をひとつ挙げた方が話が早いだろう. {\mathbb{Z}} のイデアルとかで具体的に考えよう. イデアル {(p^nq^m)}で考える. ただし, {p, q} は素数で, {n, m} は 1 以上の整数とする.
このとき, {p^nq^m = xy} という因数分解を, {x=p^nq^m, y=1} ととれば, 条件を満たす. {x\in\mathfrak{q}}
ところが, {x=p^n, y=q^m} と因数分解すると, これは条件を満たさない. したがって, {(p^nq^m)} は準素イデアルではない.

同じ理屈で, 先に引用した具体例も準素イデアルではない, すなわち {\overline{z^2}} の因数分解の仕方により, 準素イデアルの条件を満たすか満たさないかが変わるからである.

そこで, 僕なりに定義を書き直してみた. 次のとおりである.

定義

{A} のイデアルを {\mathfrak{q}} とする. {\mathfrak{q}} が準素イデアルであるとは, {\mathfrak{q}\neq A} であり, かつ以下の条件を満たすイデアルのことを言う.

任意に {a\in\mathfrak{q}} をひとつとる. {a=xy} を満たす任意の{x, y\in A} に対して, {x\in\mathfrak{q}} であるか, またはある {n>0} が存在し, {y^n\in\mathfrak{q}} が成り立つ.

これで, 元 {a\in\mathfrak{q}} が因数分解の方法によらずに条件を満たすことが表現できたと思う. もし間違ってたらコメントなどで教えてください. 自信はありますが確信はありません.

*1:{r(\mathfrak{a})=\sqrt{\mathfrak{a}}}, すなわちイデアルの根基である. 文献の記号をそのまま採用した.

*2:この一つ前の例で逆に相当する実例を挙げている